翔んで埼玉 魔夜峰央 宝島社このマンガがすごい!comics 全1巻
「埼玉ディス(叩き)作品」あるいは「埼玉版『ロミオとジュリエット』」と話題になった作品。実は初出は1980年代と、随分と昔の物語である。大都会東京と境界を共にする埼玉(一応地名はフィクションであり、実在のものとは一切関係ないとしているが)は、大変な田舎である。しかも、田舎であるだけならまだしも、東京都民から受ける差別と侮蔑に苦しむ土地であった。その扱いたるや、東京へ行くために通行手形を発行してもらう必要があったり、都民の運転する車にぶつかる交通事故に遭っても、都民の安否が最優先されたりと、およそ人権が確立されているとは言い難いほどであった。そんな社会を舞台として描かれる、都内の名門校、白鵬堂学院に埼玉出身という出自を隠して転校してきた麗・麻実と、学院の自治会長である白鵬堂百美の逃避行物語といったところが本作品の概要だろうか。
「埼玉ディス(叩き)作品」と言われてはいるものの、自虐的な田舎ネタで笑いを誘うという作風ではない。むしろ根底に流れるのは、東京へのアンチテーゼである。まるで自分達が世の中を支えているとでもいうかのような東京都民の過信や、東京都民だけで構成されている政治家集団、地方出身者を見下すことで心の平安を見出そうとする人間の愚かさといったものが描かれている。人、モノ、金、情報といったあらゆるものが東京へ一極集中しようとしている今、本作は周縁へと追いやられた地方からの悲痛な叫びを表しているようにも思えてくる。
作者が埼玉県から神奈川県(横浜市)に引っ越したのを機に、本作は凍結してしまう。さすがに外部の人間が埼玉をひどく描くわけにはいかないという作者の配慮のためだ。惜しいとしか言いようがないが、こうして今本作が陽の目を見るようになり、新たな読者を開拓できたことは大きい。私自身も良い意味でとんでもない作品に出会えたと思っている。
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