リューシカ・リューシカ 安倍吉俊 スクウェア・エニックス 既刊9巻
主人公の空想少女リューシカの行動や発想は、大人になると「当たり前」という発想のもと忘れられてしまう、在りし日の瑞々しい感性を思い出させてくれる。全編フルカラーの美しい絵で描かれる、どこか哲学的にも感じられる物語の単行本は9冊目を迎えた。
大人である作者が子どもの感性で作品を描く以上、どこかでネタが尽きるのもある意味当然だよなと思っていたのだが、ついに単行本は9巻である。作者の引き出しの多さには感服する。
リューシカの語彙が増えたなと思えるのが、その48「うちゅうのひみつ」である。UFOの存在について語る小松遊歩に対して、「科学的」という言葉を使いながら真実をつかもうともがくリューシカの姿が微笑ましくも、子どもの発達の速さを実感するエピソードである。
そして、ちょっとした出来事から徐々に哲学的な話題、そして子どもの成長について考えさせるところまで発展する秀逸なエピソードが、その51「しかくくていいのか」だ。以前、スイカの外見と中身の違いに驚いていたリューシカも、今では四角いスイカを見て驚くくらいになった。リューシカは、四角い枠にはめられて四角いスイカができると教わり、スイカの立場からしたら窮屈で可哀想だと考える。すると、四角い枠にはめられて育つスイカは可哀想だが、同じく教育という枠にはめられて育つ人間も可哀想ではないかと、兄が問いかけ、その問いかけに対してリューシカは真剣に悩む。かつては言葉など知らず、言葉を介さない思考をしていたリューシカも、いつの間にか言葉という枠にはまった思考をするようになっていたと気付く。大人から見ればまだ子どもでも、リューシカは徐々に大人への道を歩み始め、いつしか子どもの思考から脱却するのだということを感じさせられた。
◆過去の記事◆
『リューシカ・リューシカ(1)』『リューシカ・リューシカ(2)』PR