クジラの子らは砂上に歌う 梅田阿比 秋田書店 既刊5巻
砂漠に浮かぶ船「泥クジラ」の民は、「スキロス」の襲撃を見事撃退した。無事平穏な日々に戻るかのように思えた「泥クジラ」の民だったが、外の世界との接触がこれで絶たれることはなかった。「泥クジラ」を守っていたはずの砂の大波に漂流した、スィデラシア連合王国という国に属する人々が「泥クジラ」を訪れる。
物語は新章に突入し、これまであまり明らかにされていなかった「泥クジラ」の民の過去や「泥クジラ」の秘密が徐々に明かされることになる。「泥クジラ」の民が感情を持っている理由、「スキロス」が民を襲った理由、「泥クジラ」の民が短命である理由など、物語の根幹に関わりそうな背景が、「スキロス」の中枢を動かす人物や、チャクロの前に突如現れる謎の少女エマ、スィデラシアの人々の口から語られることで、読者に伝えられる。「泥クジラ」の生活は、ゆったりとした時間の中で質素ながらも心が満たされた理想とも言えるものに見えたが、「泥クジラ」の民はとんでもない罪を背負わされて生きてきたことが判明するのだ。
自分とは何かを知るきっかけは、他者との触れ合いによるところが大きかったりする。そして、他者との交流は、時に自らのアイデンティティを揺るがすこともある。他と比較しなければ当たり前に思っていたことが覆されれば、アイデンティティの危機に陥ることもある。「泥クジラ」の民が外界と関わっていく過程はまさにそのような過程だと言える。これまでは些細なものに過ぎなかった争いの種が少しずつ育ち、内部に亀裂を生みそうな不穏な空気が感じられてきた。「この島が私たちの大事な世界のすべてだった」という台詞が表すように、これまでは閉鎖空間の中で生きてきた「泥クジラ」の民が外の世界と触れ合うことで、確かに何かが変わりつつある。そして、その変化は不可逆的なものであり、もう懐かしきあの日々に戻ることは許されない。「スキロス」との戦いを選んだ時点で既に運命は動き出していたのかと思うと、本当に切ない気持ちになる。
「泥クジラ」の舵を取り、自ら外の世界へと飛び出すことを選択した民の未来はどのようなものになるのだろうか。
■過去の記事■
『クジラの子らは砂上に歌う(1)』『クジラの子らは砂上に歌う(2)』『クジラの子らは砂上に歌う(3)』『クジラの子らは砂上に歌う(4)』PR