アンの世界地図~It's a small world~ 吟鳥子 秋田書店 全5巻
家出ロリータ服の少女、アンが徳島でアキとともに暮らし、日常生活を送る中で様々な人々や出来事に出会い、成長していく物語の最終巻が発売された。ドイツ人俘虜と日本人女性の間に産まれた、アキの祖母に当たるあおいとの出会いによって、アンは将来について考え始める。そんな中で、まさかのマサキからのプロポーズ、アキが胸の内に抱えた秘密など、いろいろなことがアンの心を揺さぶる。
4巻、5巻は、この物語のクライマックスに相応しい名場面に満ちている。随分と唐突にプロポーズしたマサキだったが、実際は本気でアンのことを思っていたことがわかる。プロポーズを断られて傷心となるも、アンの変化を讃え、アンが気を遣わなくて済むようにボードゲームで勝負しようと提案する。アンはアキとずっと暮らしていきたいという思いを強め、他人に対して与えることのできる存在へと変わろうとした。屈指の名場面だ。
今までアンに対して母親のように接してきたアキだったが、そのアキも、あおいに対しては憎しみの言葉を言い放つことが多かった。しかし、それは育ての親、あおいが身につけてしまった、愛する人こそ遠ざけるという生き方に触れてしまったからであった。あおいは自らが生まれた境遇と、義父のマイズナーに対して密かに抱いていた恋心から、そのような生き方しかできなくなっていたのだ。互いの思う気持ちを知ったとき、両者の間にはこれまでにない絆が生まれるのだった。憎しみの言葉の裏に隠れた愛情。そういえば、ドイツ俘虜のフッペの言動に対して、ゾルゲルが言った言葉を思い出す。生まれ落ちて最初に聞いた母の言葉が呪詛であり罵倒であったならば、呪詛や罵倒の言葉は愛の言葉になると。
第2巻から第3巻までメインで展開していたドイツ人俘虜の物語が急な形で始まったときには、正直謎ばかりだった。しかし、現在の徳島を舞台とした物語の下敷きに過去の物語があるのがわかればわかるほど、この物語の構成に感心してしまう。現代に生きるアンを取り巻く人々のふとした行動や思想に、戦時中を必死で生き抜いたドイツ人俘虜達の生き方や思想が見事に重なってくるのだ。
特に、この物語の根底を貫く、たとえ本物や正式ではない役割であっても、それを立派に演じ切れば、本物になるという思想は、現代の徳島と過去の徳島に生きる人々の中に繰り返し出てくる。アンの母親としての役割を果たそうとしたアキ、あおいの父親たろうと努力したマイズナー、ドイツ皇帝のように兵士達の心の支えとなろうとしたシュヴァンシュタイガーなど、血筋としては偽物であっても、立派に役割を果たそうとする彼らの姿が次々と描かれるラストは、涙が止まらなかった。読んでいくにつれて「なるほど」と思えることの多い傑作に出会えて、本当に嬉しく思う。
■過去の記事■
『アンの世界地図~It's a small world~(1)』『アンの世界地図~It's a small world~(2)』『アンの世界地図~It's a small world~(3)』PR