ウェンディ・ペイン 森見明日 ジャイブ 全3巻
ネバーランドの住人、ピーターパンは、お伽話の主人公達から影を奪っている。影を奪われた人物は、個性(アイデンティティ)を失ってしまう。影を奪われ、小さな少女となってしまったウェンディは、個性的な仲間と共に物語の世界を旅し、散り散りになったピーターパンの7つの影を回収しつつ、打倒ピーターパンを目指す。
お伽話の世界を違った視点から存分に楽しめる。出てくるのは、巨乳でドジなメイドと化したティンカーベル、イケメンで正義感に燃えるフック船長、巨大化したおやゆび姫、王子様との結婚を目前に控えた人魚姫、狼達のアイドル的存在の赤ずきんならぬ白ずきん… 物語のキャラクターが個性を失うと、こうなるのかと思わせる、絶妙な設定。人と会いながら旅を続けるという物語は、ともするとマンネリ化の危険が伴う。しかし、本作には、それぞれのアイデンティティを失くした人物がむしろ個性的に振る舞うという逆説的な設定がある。それでいて、無駄な登場人物はほとんどいない。各々のエピソードが、その後の展開に重要な役割を果たすというプロットの組み立ては見事。
ティンカーベルのパンチラなど、萌えを意識した場面があるけれども、後半に向かうにつれて、物語は予想を越えてシリアスに。物語の終盤、ピーターパンの思惑が明らかになると、物語の登場人物とは、作者や読者の存在意義とは、といった問いが投げかけられる。
本作のウェンディは、本家本元のウェンディとは異なり、年老いても空の飛び方を忘れるということはなかった。「あたしの幸せはあたしが決める」という信念の下、ウェンディは、物語の主人公、作者、読者という枠を破り、再びネバーランドという物語の世界へ帰る。一瞬、どこまでが物語で、どこからが現実の世界なのか、わからなくなる。お伽話の設定を借りたストーリーらしい締めくくりだった。
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